東北ツアー(7日目・その6:東日本大震災津波伝承館)

旅行・観光

夫婦そろって仕事をリタイアして時間がたっぷりできたので、いままで訪れたことのなかった東北地方(の南半分)に「紅葉」と「温泉」をテーマにして約2週間の旅行に行ってきました。
東北ツアーの7日目は前日に引き続いて岩手県の南の方を観光します。
「碁石海岸」に続いては、岩手県陸前高田市にある「東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)」です。
東北ツアー7日目・その5:碁石海岸 穴通磯、雷岩・乱曝谷 からの続きです)

碁石海岸から車で15分ほど走って、東日本大震災津波伝承館に近づいてくると見晴らしのいい平地が広がってきました。
最初は眺めがいいなぁと思っていましたが、これは東日本大震災の津波でここ一帯が流されてしまい、復興で建てられた住居は高台に移動したのでこんな眺めになっていることに気づいて、少し胸が苦しくなりました。

そうこうしているうちに、東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)に到着しました。

今回訪れた東日本大震災津波伝承館が設立された目的・意義は以下の通りです(東日本大震災津波伝承館のミッション・ステートメントより)

 日本列島は、地球上でも特に自然災害の危険性が高い宿命の地であり、この地に生きる私たちは、長年にわたり自然災害への対応力を高めてきました。
 しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災津波により、私たちは多くの尊い命を失いました。
 この悲しみを繰り返さないためには、知恵と技術で備え、自ら行動することにより、様々な自然災害から命を守り、そして、自然災害を乗り越えていくことが重要です。
 東日本大震災津波伝承館は、先人の英知に学び、東日本大震災津波の事実と教訓を世界中の人々と共有し、自然災害に強い社会を一緒に実現することを目指します。
 そして、東日本大震災津波を乗り越えて進む姿を、支援への感謝とともに発信していきます。

阪神淡路大震災を体験した私としては、こちらには必ず訪れたかったのです。
 

東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
東日本大震災津波伝承館に到着。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
こちらには東日本大震災に関する種々な記録が展示されています。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
エントランス入ってすぐのところには、三陸地方の過去からの津波災害について説明があります。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
その奥には3.11で被災した実際の物や現場をとらえた写真などが展示されています。
手前に写っているのは、津波で破壊されて流された気仙大橋の鉄の橋脚です。
津波の恐ろしさを実感します・・・
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
津波に押し流された消防車。

他にも多くの記録が展示されていましたが、見ているのが辛くなったので写真には撮れませんでした。

続いては震災後に作られた大きな堤防の上にある「海を望む場」と、高田松原に生えていた約7万本の松の中で唯一津波を耐えた「奇跡の一本松」を見に行きます。

海を望む場と奇跡の一本松に向かいます。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
東日本大震災津波伝承館から海の方向を見たところ。
この海に向かって続く直線方向を「祈りの軸」というそうです。
遠くに高くなっているところが堤防で、そこに「海を望む場」があります。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
「祈りの軸」を海に向けて歩いていきます。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
途中に献花台があります。
堤防がずいぶん近づいてきました。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
堤防に上がったここが「海を望む場」
ここにも献花台があります。
「海を望む場」から海を望んでみました。とても静かな広田湾ですが、ここに10mを越える高さの津波が押し寄せたんですね。
手前は津波で全滅した「高田松原」で、再び松を植林して震災前の姿に戻すそうです。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
「海を望む場」から東日本大震災津波伝承館を見たところ。

「海を望む場」の360度写真を撮ってみました。

さらに動画でも撮ってみました。


続いては「奇跡の一本松」を見に行きます。 

高田松原
少し歩くと高田松原がよく見えるようになってきました。

堤防から見た高田松原の眺めを動画で撮ってみました。


奇跡の一本松が見えてきましたが、その手前に津波で破壊された建物が残されています。

陸前高田ユースホステル 奇跡の一本松
陸前高田ユースホステル
震災遺構の「陸前高田ユースホステル」でした。
東日本大震災津波伝承館の周辺には、このように震災の記憶を後世に伝える目的でいくつかの建物が遺構として保存されています。
陸前高田ユースホステル
建物の右側が崩れ落ちていますが、このあたりは津波で水没して砂地だった地盤が大きくえぐられたためだそうです。
陸前高田ユースホステル
逆側から見たところ。

 

奇跡の一本松
そして「奇跡の一本松」
奇跡の一本松
「奇跡の一本松」が津波で流されなかったのは、陸前高田ユースホステルが建っていたので津波の直撃を免れたためと考えられているそうです。
その奇跡の一本松も海水のダメージで震災翌年の2012年には枯死してしまったそうですが、復興のシンボルとするために松を加工してモニュメントとして残されました。
訪れたときには松の状況を点検するための足場が組まれていました。


一通り見学したので来た道を戻ります。

奇跡の一本松のそばにある「しおさい橋」からの眺め。
東日本大震災津波伝承館が見えてきました。
写真の左手にある白い三角形をした建物は、震災遺構の「タピック45」という旧 道の駅高田松原です。
3名の避難者が建物の最上部に避難して難を逃れることができたそうですが、その最上部を残して建物は水没したそうです。
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)
東日本大震災津波伝承館に戻ってきました。
道の駅 高田松原
東日本大震災津波伝承館の隣には、新しく道の駅高田松原ができていました。


東日本大震災津波伝承館の見学は以上となります。
阪神淡路大震災を体験していたこともあるのでしょうが、こちらの施設の見学はとても心に染みました。

ということで、続いては気仙沼の街並みが一望できる「安波山」に向かいます。
東北ツアー7日目・その7:安波山 に続きます)
 


東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)HP

コメント

タイトルとURLをコピーしました