新潟・東北ツアー(3日目・その4:彌髙神社・久保田城跡)

旅行・観光

新潟・東北ツアー3日目3,4か所目の観光は、秋田市の中心部にある「千秋公園」にある「彌髙神社」と「久保田城跡」です。
新潟・東北ツアー(3日目・その3:道の駅 あきた港「ポートタワーセリオン」)からの続きです)
 

彌髙神社

秋田市の千秋公園内に鎮座する彌髙神社は、秋田を代表する国学者・平田篤胤と、農政・経済思想家として知られる佐藤信淵を御祭神として祀る神社です。明治14年(1881年)に創建され、大正5年(1916年)に現在の地へ遷座しました。
社名の「彌髙(いやたか)」は、「ますます高く栄える」という意味を持ち、学問や文化の発展を象徴しています。

彌髙神社
彌髙神社にやってきました。
彌髙神社
この神社の由緒が書いてありました。
彌髙神社
それでは彌髙神社に参拝します。
彌髙神社
鳥居をくぐって
彌髙神社
拝殿です。
彌髙神社
この神社のご利益とはちょっと違いますが、この旅の先の安全をお祈りします。
彌髙神社 御朱印
彌髙神社の御朱印

彌髙神社の参拝を済ませたら、千秋公園を散策しながら久保田城跡に向かいます。
 


彌髙神社HP

 

久保田城跡

久保田城跡は、秋田市中心部の千秋公園に広がる、秋田藩を治めた佐竹氏の居城跡です。関ヶ原の戦い後に秋田へ移封された初代藩主・佐竹義宣によって慶長8年(1603年)に築城が始まり、約270年にわたり秋田藩の政治・文化の中心として栄えました。石垣をほとんど用いず、土塁や堀を巧みに活かした城郭で、天守を築かなかった全国でも珍しい近世城郭として知られています。

久保田城跡 表門
千秋公園を歩いていると、久保田城跡の表門にやってきました。
表門を裏から見てみた。
木の隙間から千秋公園の胡月池、その向こうに秋田の街が見えました。
佐竹義堯(よしたか)公銅像
佐竹義堯公は江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した、出羽国久保田藩(秋田藩)の第12代にして最後の藩主です。戊辰戦争では新政府軍に属して奥羽越列藩同盟と戦い、明治維新という激動の時代において近代秋田の礎を築きました。
地元では近代秋田をまとめた名君として親しまれているそうです。
久保田城 御隅櫓
市制100周年を記念して復原された建物で最上階からは秋田市街が見渡せるそうですが、時間が遅かったので残念ながら中に入ることができませんでした。


彌髙神社と久保田城跡を動画でも撮ってみました。


彌髙神社、久保田城跡と巡ったあとは、ホテルにチェックしてから晩ご飯を食べに行きます。
新潟・東北ツアー(3日目・その5:「ちゃわん屋」で晩ご飯)に続きます)
 


久保田城跡(Wikipedia)

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