夫婦そろって仕事をリタイアして時間がたっぷりできたので、いままで訪れたことのなかった青森県を2週間かけてガッツリ旅行してきました。
青森ツアーの2日目は天気が雨なので、予定していた奥入瀬渓流は別日に行くことにして、青森市内観光に行きたいと思います。
「善知鳥神社(うとうじんじゃ)」に続いては、昨日にひき続いて青森ベイエリアに向かい、まずは「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」を見に行きます。
(青森ツアー(2日目・その2:善知鳥神社) からの続きです)
「青函連絡船」は1908年から1988年までの80年間にわたって、津軽海峡を越えて本州・青森と北海道・函館を結んだ鉄道連絡船で、旅客だけでなく鉄道車両もそのまま輸送する「海上の線路」として大きな役割を果たしました。
その80年の歴史の中で、1億6000万人の旅客と、2億〜2.5億トンの貨物を運搬したそうです。
この青森港に展示されている「八甲田丸」は1964〜1988年に活躍した青函連絡船8隻中で最長現役の船で、総トン数5,382 tで1286名の旅客を運ぶことができました。また、青函連絡船の最後の航行を担当しました。

およそ40年ほど前まで列車・貨物・人を運んでいました。




雪の中の青森駅から連絡船に乗り込んで、凍えそうなカモメを見つめていた人々が40年ほど前まではいたんですねぇ。


「機械遺産」は歴史に残る機械技術関連遺産を大切に保存し、文化的遺産として次世代に伝えることを目的に設けられているものです。

「可動橋」は船と線路を繋いでスムーズに列車の積み下ろしをさせる目的で設置されていて、その時の船の高さに合わせて線路の高さを調整するものだそうです。

八甲田丸と道を挟んで向かいにある「青森駅」の線路を見に行きました。

手前の線路がホームの途中で終わっています。

今はここで線路が途切れていますが、青函連絡船が運航されていた頃はこの線路がまだ先に延びていて、さっき見ていた「可動橋」にまで繋がっていました。
写真右上に写っているのは連絡橋です。青函連絡船は貨車だけを積んで客車は積まなかったので、連絡船を利用する旅客が船を乗り降りするために利用していました。
「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」に続いては、すぐそばにある「青森ラブリッジ」周辺を歩いてみます。
(青森ツアー(2日目・その4:青森ラブリッジとその周辺) に続きます)
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